そして父になる

是枝裕和の父親は台湾生まれ?!博打好きで貧乏生活をする羽目にww

「是枝裕和の父親ってどんな人?」
「是枝裕和の父親は博打好きらしい…」
「是枝裕和が貧乏生活していたのは父親のせい?」

いまや有名映画監督として脚光を浴びている是枝裕和さんですが、その父親はどのような人なのでしょうか?

あのいくつもの賞を受賞してきた映画監督の父親なのですから、その人柄はとても気になるものだと思います。さらに貧乏生活をしていたのは父親の影響という話もありました!いったいどのような人物像なのか気になります!

そこで、この記事では是枝裕和さんの父親について、その生い立ちや性格などを詳しく解説していきます。

是枝裕和さんをもっと知りたい!という方や、是枝裕和さんの父親に関する噂が気になっている方はぜひ参考にしてみてくださいね!

是枝裕和の父親は台湾生まれ

是枝裕和

是枝裕和さんの父親の生まれは台湾です。

太平洋戦争時には中国に出征し、所属した軍隊では毎日上司から殴られるなど、非常に厳しい生活をしていたようです。なかなか心が折れそうな生活ですよね!よく耐えられたものです。父親の強さがよくわかりますね。

敗戦後には上官が逃げ、為す術もなく父親たちはソ連の捕虜になってしまったといいます。その際に足を負傷した父親は、帰国後もリハビリに通い続けていました。シベリア抑留からの帰国はかなり過酷だったようですね!足を負傷してでも帰国できたのは凄いことです。

父親のせいで貧乏生活をすることに

是枝裕和さんの父親は足を負傷していただけでなく、ソ連の捕虜からの帰還ということでなかなか就職できなかったといいます。ソ連から帰るということは「組合員ではないか」と疑われることに繋がるようで、就職活動をしても良い結果が得られませんでした。自分が悪いことをしていないのにそう思われてしまうなんて、大変ですよね。

是枝裕和さんが小学生の頃は、父親の就職先は町工場だったといいます。雇ってくれるところといえば、本当に地域の工場などになってしまうのでしょう。さらに、父親は博打好きで、是枝家は貯金ができない一方だったといいます。

是枝裕和さんは、小さい頃からかなりの苦労を強いられていたようですね。

父親は是枝裕和の夢を1番に応援してくれていた

「そして父になる」を語る是枝裕和

そんな是枝裕和さんの父親ですが、是枝裕和さんの夢を親身に応援してくれていたといいます。

映画業界での就職を決意した際には、父親は是枝裕和さんに「好きな道へ行きなさい」と声をかけたそうですよ!やりたいことを応援する姿勢が顕著に出ている父親だったそうです。

良い父親ですよね!息子の夢を一緒に叶えようと応援してくれる姿は素敵です。

その影響もあってか、是枝裕和さんの映画作品には家族の心情や生き様がよく描かれています。父親を思い描いているのか、過酷な環境の中で奮闘する家族の姿がよく見られますよね!実に生々しく、リアリティに溢れた作品ばかりで胸を打たれます。

是枝裕和さんの作品は、人間臭さの表現力が凄まじいですよね!とても魅力的です。

是枝裕和の父親は息子思いで良い人だった

ここまで是枝裕和さんの父親について解説してきましたが、いかがだったでしょうか?

かなり過酷な境遇だったことがわかりましたね!逆にこれだけ辛い経験をしてきたからこそ、息子である是枝裕和さんを大切にし、夢を心から応援することができたのではないでしょうか。素直に応援してくれる父親なんて、素敵ですよね!是枝裕和さんが良い家族に恵まれていたことがわかります。

父親を思い出す是枝裕和

是枝裕和さんは映画作品内でよく「家族愛」をテーマにしています。父親の人柄も少なからず影響があるのでしょう。今後の是枝裕和さんの作品も楽しみですよね!ぜひこの記事を参考に、これからの是枝裕和さんについても注目してみてくださいね。