岡田斗司夫の年収は?

岡田斗司夫の年収は?主な収益源はどこ?

“ガイナックス時代の岡田斗司夫は、月収が…”

岡田斗司夫さんはプロデューサーで評論家、文筆家といった様々な顔を持つ人物で、現在は株式会社オタキングの代表取締役としても知られています。

アニメファンの間ではあのガイナックスを設立した人物として有名で、1984年から1992年に掛けて初代社長も務めました。

最近ではユーチューブでの動画配信で岡田斗司夫さんを見かけた事がある方も多いのではないでしょうか?

今回はそんな岡田斗司夫さんの年収についてまとめてみました。

アニメ界で有名は岡田斗司夫

大阪生まれの岡田斗司夫さんはサブカルやSF、映画などにも精通しており、その知識と才能がアニメ業界やその他の方面でも活きています

これまでに携わってきた作品は、アニメーション映画の王立宇宙軍オネアミスの翼やOVAのトップをねらえなど、往年のアニメファンの間で高く評価されているものばかりです。ちなみに前者は企画、後者は企画だけでなく原作と脚本も手掛けており、1988年の作品ですが既に才能を見せていたことが分かります。

王立宇宙軍オネアミスの翼

他にも企画や脚本を手掛けた作品は多く、実写映画やオリジナルビデオ、ゲームの実績もあることから、全盛期の年収は相当なものだったと思われます。

岡田斗司夫の生い立ち

岡田斗司夫さんの生い立ちは、一男一女の第二子として生まれ、闘いを司る男という意味で斗司夫と名づけられました

幼稚園に入園する頃には漢字が読めていたそうで、周りと比べても早熟だったことから、幼稚園は自分にとって無意味といい、入園の翌年には退園しています。幼少期に受けた知能検査ではIQが148以上と判明しており、宿題などは逆に能力の妨げになると、以降勉強については放棄しています。

岡田斗司夫の幼少期

実は決して経済的に余裕があったわけではなく、当時家庭は困窮していて食事にも苦労していました。

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そんな生い立ちと幼少期を過ごした岡田斗司夫さんは、超能力やオカルト好きの父親の影響で、自身もそうした作品を好むようになりました。

父親が所有する本を何冊も読み漁り、大阪万博が開催された地ということもあって、科学や物理方面に興味を示し始めます。
子供の頃の夢は科学者と語っていた程なので、もしかしたら科学者の道を歩み、様々な研究を行い成果が認められ、ノーベル賞を受賞した可能性もあるわけです。父親とはこうした点で同じ興味、共通の話題を持っていたことから、親子関係は良好だったといえるでしょう。

岡田斗司夫の年収

小学校3~4年生の頃、働き詰めだった母親は内職を拡大して会社を設立しました。父親は教師を務めていましたが、教師を辞めてその会社の社長に就任。

岡田斗司夫は小学校から中学校へと進学を果たし、その頃から学校では友人から機材を借りるなどして短編ながらも自主制作の映画撮影を始めました。

夢は科学者からSF作家になっており、知識とアイデアには自信がありましたが、創作をする能力は別だと理解してからは、企画や脚本などを手掛けるようになります。

複数の著書を執筆してきた経歴があることからも、映像作品を制作するよりも何を題材にするか、それを考えて文章で表現する方が得意なのだと理解できます。

岡田斗司夫の『いつまでもデブと思うなよ』

岡田斗司夫現在の年収は?

若い頃のガイナックス時代の岡田斗司夫は、月収は最高で250万円に到達した時もあったそうです。仮にもしその月収が1年間を通して続いていたとしたら、合計3,000万円になっていた計算です。

そして現在、60代も半ばに差し掛かった岡田斗司夫さんですが、現在はYouTubeを含めて多方面で精力的に活躍を続けております。そんな岡田斗司夫の気になる年収は現在2,000万円を超えているといわれています。動画の広告収入だけで2022年は1,000万円を超えているそうで、それ以外にも会社の経営者や大学の非常勤講師、客員教授と様々な経歴が彼にはあります。それを全て含めると、おそらく2,000万はゆうに超えてるでしょう。

安定した仕事ではないので、年収はその年によってバラツキがあると思われますが、とはいえ岡田斗司夫さんは若い頃から常に一定以上の年収を稼いでいました。

そんな岡田斗司夫さんの今後の活躍にも期待です!

今回も最後までご覧いただき有難うございました。