岡田斗司夫の生い立ち!母親は刺繍屋から教祖になった?

“つぶれかけていた宗教法人を買収して自らが…”

ユーチューブで何かと話題の岡田斗司夫さん。どんな人なのでしょうか?

動画内では、母親に関して面白可笑しく話してる内容が話題にもなりました。どのような母親だったのでしょうか?

今回はそんな岡田斗司夫さんの生い立ちから母親についてまとめてみました。

岡田斗司夫の生い立ち

岡田斗司夫氏は1958年7月1日生まれ大阪府大阪市出身で、評論家や文筆家と呼ばれる人物です。

幼少期の岡田斗司夫

幼少期より漢字が読めるなどと天才的なところがあり、そのため幼稚園に通うのは意味がないとの事で両親の同意を得て退園しました。また、それ以外にも、子どもときに受けた知能検査で知能が148あることを知り、学校の宿題をやることは無意味だと感じ全く勉強をしなかったそう。

中学時代は自主製作の短編映画を撮影しながら学校行事で上映して評判を得ていたようです。

岡田斗司夫のおすすめ映画

岡田斗司夫の父親は?

どのような教育をすると幼稚園の段階で漢字が読めたり知能検査で148の値になるのか気になる部分ですが、岡田斗司夫氏の父親はUFOや超能力などのミステリー的な要素を持つ話題がとても好きだったようです。幼少期の岡田斗司夫も父親が購入してきたUFOに関する書籍を愛読していたといいます。

先ほどご紹介したように岡田斗司夫は大阪府大阪市出身、当時は大阪万博が開催されていて世間的には注目を集めるエリアでした。万博に関する話題についても父と子はその話題で盛り上がっていたようで、当時の岡田斗司夫はお父さんと空想ともいえる乗り物の内燃機関についての話をしたりなど、不思議な親子の会話が繰り広げられていたようです。

岡田斗司夫の母親は?

岡田斗司夫のお母さんは、椎間板ヘルニアになっていたので足が不自由な状態でした。ですが家計を支える目的でお母さんも仕事をしなければならない状態だったそうです。そんなお母さんは足が悪いので在宅でできる内職、その中でも刺繍をするお仕事をしていました

この内職が後の岡田家を大きく変えるきっかけとなりました。

岡田詩集屋

岡田斗司夫が3年生になったころには、母親は刺繍屋の会社を立ち上げるほどの規模まで事業が拡大していて、有限会社岡田刺繍を設立。これにより、岡田斗司夫は裕福な家庭の息子とのイメージがついて、大好きなプラモデルを購入していた模型店にての買い物は、ツケが通用するほどのお得意さんになったとか。

岡田斗司夫の実家

事業に成功した母親は、儲けの多くを税金として払うことに納得がいかず、その節税対策として、つぶれかけていた宗教法人を買収して自らが教祖となる新興宗教を創設。

宗教法人の場合は税金が課税されないなどの理由で、このようなことをやってのけたのですが、普通はここまでやらないですよね…さすが岡田斗司夫の母親だけありますね笑

岡田斗司夫の妻、子供は?

岡田斗司夫は結婚していたので妻がいました。さらには子供もいます。妻になった人は中学時代の同級生、結婚は1981年で1989年には長女の娘さんが生まれました。現在娘さんは、30代前半だと思われます。

なお、1999年に離婚したようですが、離婚した理由は「子供が成長したので婚姻関係を続けるメリットが少なくなったため」だそうです…。元妻は、最終的には独立した個人としてそれぞれの人生を歩んで行きたい!と、これが離婚の原因なのかもしれませんね。ですが、現在でも岡田斗司夫と元妻の和美さんとは交流があるそうで家族で食事に出かけることもあるようです。

婚姻関係はなくなっても互いの信頼関係は継続している。婚姻届けなど紙切れだけの関係ではなく、真の信頼関係があるとかないとか…離婚しても昔は週に3回の割合で元妻の和美さんの家に訪れることもあったとか。ただ、子どもは親が離婚したことで色々な辛い思いもしてきたのかもしれません。

それを気遣ってたのかはわかりませんが、岡田斗司夫は自分たちの離婚の話を娘にせず、勝手に進めてしまいました。ですがそのことが後でバレて、娘から非難された事は岡田斗司夫の生い立ちエピソードの中でも有名な話です。

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